あの『広辞苑 第七版』は
こうして作られた! -前編-

10年ぶりの大改訂を行った広辞苑の第七版が、ATOKから利用できるようになりました。簡潔かつ的確な語釈の広辞苑と、言葉の意味を手軽に調べられるATOK連携電子辞典は、文章の作成をサポートしてくれる頼もしい存在です。

広辞苑の編集者である平木靖成さんに、第七版の特徴や、辞書作りの裏話などについてうかがいました。平木さんは、小説や映画で話題になった「舟を編む」の取材協力をしたほか、文庫版の解説などもされています。

10年もの膨大な月日を費やして制作!

広辞苑は10年ぶりの改訂で第七版となりましたね。第六版からは、どんなところが変わりましたか?

新しく定着した言葉、新しく生じた意味を追加しています。約一万の項目を新たに追加しました。それは、広辞苑を現代化、アップデートした部分ですね。

それと並行して、「日本語の基礎を見直す」ということをやっています。例えば、「さする」「なでる」「こする」「なする」などの類義語の微妙な意味の違いをわかりやすく書き分けています。それから、「万葉集」や「源氏物語」など古典からの用例も点検して、用例を変えたり、語釈や見出し語を変えた言葉もあります。

広辞苑に新語として追加するのはどんな言葉ですか?

新語として追加するのは、“定着している言葉”です。ネットでよく使われる言葉のラインキング上位などで選ぶのではなく、校閲・執筆をしていただく専門家や広辞苑の編集者の判断ですね。それが、それぞれの辞書の個性になっていくのだと思います。

今回は、「朝ドラ」「iPS細胞」「お姫様抱っこ」などの項目が追加されていますね。中でも思い入れがある言葉は?

個人的に思い入れがある言葉をあげるとすると、「ハラペーニョ」「和蝋燭」「滝山城」などですね。メキシコに滞在したことがあるので、料理の分野で選ばれた「ハラペーニョ」は気になりました。「和蝋燭」は、旅行に行ったときに気になって、新加候補リストに加えました。精巧な山城の跡として名高い「滝山城」は、子供のころによく遊びに行った場所です。

インターネットの普及で言葉の変化は早くなったと感じられますか?

よくそう聞かれますが、私は「本当かな?」って思うんです。言葉が伝わる速度は確かにはやくなっているでしょうが、言葉が生まれるはやさや、変化するはやさは実はそれほど変わってないんじゃないでしょうか。

というのも、今回は10年、第五版から六版も10年、その前は7年の時間をあけて改訂していますが、手を入れなければいけない項目や、意味が変わったと感じる項目の数はそれほど変わっていないと感じます。

言葉の変化を実感するには10年くらい必要です。その中で流行語や新語には流行り廃りがありますが、辞書に記述するほど定着したり、今後も使われると思われる言葉の数は、それほど変わったとは感じません。

意味が変わった言葉には、どんな例がありますか?

わかりやすい例として、「やばい」があります。今回はいい意味の「やばい」を入れました。もともとは「危ない」とか「危険」といった意味ですよね。別の意味で使われるようになった理由は、たとえば「この料理はすごくうまい」→「これは、カロリーなんか気にせず食べ続けちゃう」→「危険だ、やばい」といった流れの中から、独立した意味になって、「すごい」も「格好いい」も「やばい」になったと考えられます。

新しい広辞苑では、1番目にもともとの「やばい」の意味、2番目に「のめり込みそうである」という語釈を入れています。2番目の意味の語釈は、単にいい悪いではなく、意味変化の途中経過がわかるような書き方をしているのです。

インターネットなどで、間違った使い方をされている言葉は気になりますか?

基本的な考え方として、言葉に正しい/間違っているというのはないと思うんです。本来の意味や用法からだんだんずれて使われる言葉もありますが、使う人が多くなれば、いわば正しい言葉になっていくわけです。たとえば、平安時代に「うつくしい」は、「かわいらしい」という意味だったのに、今では「かわいらしい」でなく「美」の意味で使われています。そうなると、現代語の辞書では美が最初の意味になります。

インターネット上で、本来とは違う意味で使われている言葉であっても、その後に会話や文章でも同様の使い方がされ、定着したものとなれば、辞典に載せていきます。

言葉がどう変化していくのだろうと見守って、その変化を後追いしながら記述するのが辞書編集者です。これが正しい言葉ですと規範を示すのが辞書編集者ではありません。

読者の方から問い合わせなどもあるのですか?

お問い合わせやご意見をいただくこともしょっちゅうあります。言葉の「乱れ」に関するお問い合わせも少なくないですね。

個人的な使用言語からずれた言葉遣いに触れると、誰もが違和感を覚えるものだと思います。年輩の方が、よく「若者の言葉は乱れている」と言われますが、それはその方の感覚からずれていることを乱れていると表現するのでしょう。これは年代が逆でもありえます。若者の中では可能の表現で「見れる」「食べれる」といった「ら抜き言葉」がよく使われます。「見られる」「食べられる」が正しいと知っていても、それでは受け身の言葉に感じられて、なんとなく違和感を感じるようです。こうした表現も、今後、世代を経れば、いわゆる正しい言葉になっていくのかもしれません。

広辞苑の編集者はどのような人で構成されるのですか? 平木さんが今回担当された分野は?

広辞苑は大きく、「国語」と「百科」にわけられますが、国語では類義語の書き分けを担当しました。百科のほうでは日本史とキリスト教、方言などを担当しています。もともとはラテンアメリカ専攻で、これまでは外来語など外国関係を担当することのほうがよくありました。

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