あの『広辞苑 第六版』はこうして作られた! 後編
前回に引き続き、『広辞苑』第六版の誕生秘話について、岩波書店へのインタビューをお届けする。後編の今回は、収録された言葉や図版に関するエピソードを具体例とともにご紹介。
さらに、書籍版とATOK版の違いと棲み分けへの考え方に関してもお話を伺った。
収録された言葉や図版のひとつひとつに隠れた苦労!
掲載されている言葉の中で、
気になる言葉や面白い言葉はありますか?
岩波書店 編集局『広辞苑』編集部 上野 真志 課長
言葉は平等です、といいたいところですが(笑)、広辞苑の編者、新村出(しんむらいずる)先生は、「たしなむ」という言葉が好ましいとおっしゃっていました。
私は「サボる」がいいかな(笑)。「〜る」という言葉は、調べると面白いんです。ちなみに「サボる」は、フランス語の「サボ」からきた言葉ですよね。今回新しく入れた言葉では「テンパる」が似た成り立ちです。これは、麻雀用語のテンパイからですね。

ATOKに最新の広辞苑が連携することで、
変換候補の語源や正しい使い方を確認できるようになる。

他にも「トラブる」「ダブる」などがある。もともと、日本語には名詞に「る」をつけて動詞化する文化があって(「皮肉る」→「愚痴る」など)、外来語もこのルールに取り込んでしまったんですね。
ただ、これと同じパターンでも「コピる」(コピーする)、「ビニる」といった言葉は今回は見送りました。「ビニる」は、コンビニに行くことだそうですよ。岡山あたりの方言調査で出てきた言葉だったと記憶していますが。


面白いですね。図版については、いかがですか?
今回の編集方針の一つに、昭和40年代くらいまでの世相・時代相をあらわす言葉を入れるというのがありました。もちろん広辞苑には、それまでも世相・時代相をあらわす言葉は入っていましたが、その重点は明治・大正まで、近づいても戦前までという具合でした。

今回の改訂では、新しい項目として「ウルトラマン」や「紅白歌合戦」、「おしん」などを入れました。昭和40年代を区切りとしたのは、ちょうど高度成長の前後で私たちの生活が大きく変わったので、そこを一つの区切りとするのがよいだろうという判断です。

同じようなことが、図版にも言えるんです。広辞苑には「ゆたんぽ」や「洗濯板」などの生活用品も載せています。これらについては、かつては普通に見ることができ、とりたてて説明を要するものではなかったけれども、現在は見られなくなったものが多くあります。そういうものの説明には図版が必要だろうという判断で、今回新たに描き起こしました。

そうそう、「オート三輪」は個人的にいい絵だなと思います。これは確か、博物館で色々な角度から写真を撮って、それを画家さんに渡して描いてもらったんです。

苦労したのは「ベッセマー転炉」。昔の製鉄所にあった溶鉱炉ですね。
古い本に載っていた写真から描き起こしてもらおうとしたのですが、画家さんに「解像度が低くて無理だ」と断られまして…。一度は、外観のはあきらめて模式図にしようかとも思ったのですが、とある産業関連の博物館に1/2の模型があるという情報が入ったんです。早速出かけて、写真を撮らせてもらいました。

上野課長がお気に入りと語る、オート三輪の図版(ATOK版)。かつては日常の一部だった言葉や風景も、時代とともに図版を収録する対象となっていく。
非常に苦労したというベッセマー転炉の図版(ATOK版)。取材した模型は炉を横倒しにした稼働状態だったが、図版では炉を立てた状態で描かれている。


ATOK版などの電子メディア版は、書籍版より多くの図版が掲載されていますね。
CD-ROMやDVD-ROM版には、書籍版のものに加え、約5,000点の写真を収録しています。そういえば第五版のとき、果物の写真を大量に入れることになったんですよ。しかし、これが大変だった。ちょうど春だったので、秋の果物が市場にないんです。

結局、高級フルーツ店で、ハウス栽培のものすごく高価な果物を買うハメになりまして…。もちろん、撮影後は美味しくいただきました。これに味をしめて、「次は寿司ネタで」といった編集者がいましたが、それは断固却下(笑)。

広辞苑が言語生活をより豊かに
上野さんご自身がATOK版の広辞苑を使ってみて、書籍版とは違う、新たな発見はありましたか?
辞書活用の起点が変わることで、どんなときに使うかが変わると思います。書籍では言葉の読みがわからなければ、意味にたどり着くことができない。また、本を手元に置いておく必要もある。このアクセスパスをもっと広げたいと、実はずっと考えていました。

その点、ATOK版のような電子媒体は検索方法も豊富だし、PCにインストールしてしまえばいつでも手軽に利用できる。これは、普段何気なく使っている(知っているつもりになっている)言葉の使い方をもう一度確認する、といった使い方にも有利。変換候補から意味が手早く引けるATOK版の強みですよね。

ひとつの言葉から派生する言葉の数々を手軽に参照できるのも、ATOK版の魅力。
日常で使用する言葉の世界が広がっていくのを実感できるだろう。

また、本来望んでいた変換候補“以外”の言葉の意味が手軽に参照できるのもいい。
このおかげで、言葉の世界がぐっと広がると思うんです。仕事でもプライベートでも、PCで文章を書く機会はどんどん増えている。ブログとかね。その意味でATOK版は今後、言葉とより密接な関係になっていくと思います。

もちろん書籍版にも、ページをめくりながら新しい言葉と出会う楽しみはありますし、PCを起動させなくても使用できる。一覧性には富んでいますし、一度調べた言葉にマークをつけたり欄外にいろいろ書き込んだりという使い方もできます。有形の辞書を手元に置いておける安心感もあります。書籍版には書籍版の魅力があるんですよね。


要は、使い分けることが大切ということですね。
そうですね。ユーザーの皆さんもそれを知っているから、両方買ってくださるのだと思います。実は、電子版のリリースについては、少なからず不安があったんですよ。どちらかしか売れないゼロサムゲームになってしまったらどうしよう、と。でも、杞憂でしたね。

書籍版とATOK版を使い分けることで、(ちょっと大袈裟ですが)みなさんの言語生活がより豊かになると思うんです。今後も、それぞれの媒体の特性が生きる広辞苑の形を追求していくのが、私たちのつとめだと思っています。


前編を読む 前編では、第六版の長期にわたる制作の過程などをご紹介しています。


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